ciiron TOKYO
Interview 
2026.02.26

犬とわたし

#004 川上未映子と愛犬かぬれ

Photo: Kyohei Hattori /Interview: Maki Kakimoto (Lita) /Stylist: Mihoko Sakai /Hair: Masatoshi Takeda(Elme)

/Make-up:Mieko Yoshioka

人と人とはまた少し違った絆が生まれ育っていく、人間と犬。
犬と過ごして、変わったこと。犬と過ごして、気づいたこと。
それは誰にしもあるはず。
犬とわたしだけの物語。
第4回は、作家・川上未映子さん。

Interview #004

川上未映子と愛犬かぬれ

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「完全な逸脱者として、見返りを求めず、ただ自然な姿がこの世であるということが、犬なんです」
2007年に作家デビューし、翌2008年、『乳と卵』で第138回芥川賞を受賞。その後も『ヘヴン』や『夏物語』など話題作を発表し、数々の賞を受賞。国内外から高い評価を受け、現代日本文学を代表する作家のひとりとして活躍を続けている川上さん。
そして2023年、新たな出会いをきっかけに、ダックスフンドの「かぬれ」を家族として迎えることに。

イノセンスな手触りなどの幼い頃の記憶は
すべて犬と共にあります。

――川上さんは幼少期に犬と暮らしていたことはありますか?

はい。私がまだ子どもの頃は大阪にはたくさん野良犬がいて、本当によく道で出会っていました。団地裏の駐輪場でみんなで買ったおやつやご飯をあげたりしていて。犬と私の子ども時代はイノセンスな深い結び付きがあります。雑種の捨て犬を拾ってきてその子と暮らしたこともありますし、ブリーダーさんからお話をいただきダックスフンドは姉弟で飼っていた子も含めると4頭目になります。チワワ、パピヨン、雑種など、私が暮らしたことがある動物は、犬だけ。

――捨て犬を拾ってきたことが、初めての犬との暮らしですか?

そうですね。団地暮らしでしたし、今のようにトリミングに行ったりするという時代でもなかったので、捨て犬を拾ってきてわちゃわちゃとみんなで暮らすというような生活でした。私は本当に犬が大好きで、テクスチャーやイノセンスな手触りなどの記憶は全て犬と共にあります。

「犬と一緒に生きてみたい」という息子の言葉で、
何をためらうことがあろうか、という気持ちでお迎えしたかぬれ。

――東京で犬と暮らすのは初めてですか?

東京に出てきてからは一人暮らしだったので、犬と東京で暮らすのは「かぬれ」が初めてです。上京してくるまではずっと犬と一緒の暮らしだったのですが。

――「かぬれ」を家族に迎えたキッカケを教えてください。

私の母が加療をしていて、2023年はみんなが、本当に辛い時期だったんですよね。そんな最中に大阪で出会いがあり、息子から「犬と一緒に生きてみたい」とお願いされたことがきっかけです。母も「子どもが犬と暮らすのはすごくいいことだよ」と話をしていて、私も自分自身が幼少期に犬と過ごせてよかったと思っているので、思いきってお迎えすることにしました。

――息子さんが「犬と一緒に生きてみたい」と発したきっかけはあるのでしょうか?

私もちょっと体調が悪い時で、そこに母の介護もあり、そのタイミングで大阪に遊びに行っていた息子が犬と出会い、「犬と一緒に生きてみたい」と電話で伝えてきたんです。私が「いいよ、一緒に帰っておいで」と伝えると「ありがとう」と。その時に息子は私の弟家族と一緒にいたのですが、ご飯を食べている時に「良かったな」と弟が言ったら、息子はご飯を食べながら、泣いていたそうなんです。弟がその様子をビデオに撮ってくれていて、見せてもらいました。

撮影中も元気いっぱいなかぬれ

――ご飯を食べながら泣いていた彼の気持ちとは?

手に入って嬉しいとか望みが叶ったとか、そういう感情だけではないものが大きい気がしました。命との出会いというか。ああいうことは、誰にも教えられないこと。彼が彼自身の経験の中で出会うものですから。
人間のエデュケーションと言いますか、人間の豊かさのために、他者があるわけでは絶対にないんですけど、でも彼自身にとって本当に素晴らしい出会いでした。

――元々、息子さんの中には犬との暮らしへの思いはあったのでしょうか?

大阪の姉のところへ行くたびに、そこにはチョコというダックスフンドがいて、暮らしを身近で見てきていたので。けれど、「大変だよ」「朝眠たくても絶対散歩には行かないといけないんだよ」など伝えていました。結局は絶対にお母さんが面倒みることになるものじゃないですか。最後は、お母さん。でも、それも含めて暮らしなのかなという感じはしていますね。

――「かぬれ」という名前も息子さんがつけましたか?

息子と姪っ子で決めていました。二人にとってはおそらく食べたこともないお菓子だと思うのですが、色味で決まったみたいです。YouTubeとか何かでカヌレを見たんじゃないかな。お菓子はカタカナだけれど、柔らかい毛の感じとよく似合うので、かぬれ、としています。でも「かぬれ」って言いづらくて、私は覚えるまで2週間かかりました(笑) か、かん、かね…何だっけ?!という。友人のお母さんなんて「みえちゃんところの、ほら、あの犬、テラス!」って呼んでいます、一文字も合ってない、3文字なだけ(笑)

――息子さんが10代に入り、少しずつ手が離れてくるタイミングに、犬を迎えたんですね。

本当にそうなんです。子育てが少しだけラクになってきて自分の自由時間が増えてくるというタイミングに、手のかかる犬をお迎えするという…。もちろんためらいはありました。けれど、違う角度から見ると、子どもがまだ子どもであるというかけがえのない時間を犬と共に過ごせるわけですよね。やっぱり大人は、子どもが子どもでいられる時間をどれだけ充実させてあげられるか、だと思っているんです。なので、何をためらうことがあろうか、という気持ちでお迎えしました。

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――息子さんはもう「かぬれ」とベッタリ過ごしていますか?

土日は一緒にソファで寝て、本当にベッタリです。でも可愛がるだけだったら誰でも可愛がれますから。自分より小さくて、そして自分でできることが少ないという生き物と一緒に過ごすということは、例えば「ケアが大事だよ」ということを、言葉からの理解ではなくて、フィジカルとフィジカルで身を持って知っていく時間を過ごしてるなぁと感じます。

――自分より小さく、自分でできることは少ないという生き物。そして、短い時間を生きていく生き物でもありますよね。

2年前までは存在していなかった命であり、先に亡くなっていく存在なんですよね。みんな別に一緒に暮らしても暮らさなくても良かったけれど、結局、今、色々な偶然が重なって一緒にいて。東京で犬と暮らすことになるなんて思っていませんでした。

――「かぬれ」との暮らしは2年経ちましたが、ご自身に影響はありますか?

やっぱり、ぜんぶが終わっていくんですよね、 色々なものが本当に。 私は母も亡くしたし、父も亡くしました。今はそれがリアルですが、自分が子どもだった当時でも、いつかこれが全部、懐かしくなっていくんだなとどこかでいつも思っていたんです。子どもの頃にお母さんといる時も、今はみんないるけど、これが振り返る思い出となっていくんだなと。そういう気持ちで生きていました。 だから、目を細めて陽を浴びているかぬれを見つめていると「私の方が長生きしたら、この光景を、どんなふうに思い出すことになるんだろう、そんなことに、耐えられるんだろうか」と思うんです。母が亡くなってすごく大変だったけれど、でも、かぬれがやってきて、息子は13歳で、なんだかんだ言いながら、こうやって目を細めて陽を浴びていた時間があったということを、きっといつか思い出すんだろうねという気持ちをいつも持って、かぬれと過ごしてるんです 。かぬれに限らず、すべてに対してですね。こういう考え方の癖は子どもの時から持っていて、失われていく中にいるという感覚なんです。未来という指向性があまりなく、現在が未来からの過去みたいな感じですね。おそらく生まれつきの、時間への感受性です。

言語を持たない犬は、本当に逸脱者。 自分たち以外のやり方で命を持って存在し、同じ今を生きている。

――言語を持たない犬との暮らしには、言語ではないコミュニケーションが存在しますよね。

あいだに言葉がないという関係性ではありますが、でも不思議と通じたりするんですよね。でもやっぱり間に言葉がないので、痛い、痒い、寒い、暑いも全部、「かぬれ」は伝えられないということも事実。だからこそ、かぬれに不快感がないように、と常に思っています。やっぱり言葉持ってないからなのかな。なんかもう、走ってくるだけでドキドキするんです。

――もう一度子育てがスタートしたような感覚にも近いですか?

はい。もうすごく大変でした。息子が赤ん坊だった頃を思い出したりもして、本当に子育てですね。でも、赤ん坊はやっぱり私たちの言語というルールの中で育っていくんですよ。犬は言語を持っていないから、そこが大きく違うんですよね。

――言語を扱うお仕事である川上さんにとって、言語を持たない犬という存在とは?

真の意味で犬は言語を持っていなくて、でもフィジカルはあり、死というものを意識しないのに、必ず死にます。 同じこの時間と空間を生きているのに、全くルールが違うんですよね。 言語を持っていないということは本当に大きなことで、言語を持たない生き物は、人間の愚かさみたいなものや、人間のもう抜け出せないルールみたいなものを逸脱した存在だと思うんです。 そういう存在と何の偶然なのか、今ここに一緒にいるということはものすごい体験だということを、犬と暮らすと毎日思うんです。 息子が赤ん坊の時にも近いことを思ったのですが、赤ん坊は言語を習得していくので真の意味で逸脱者ではない。 犬とか動物というものは、本当に上とか下とかじゃなく逸脱者なんですよ。 ルールを超えてる。それでも一緒に暮らしているということの不思議さをいつも感じますね。

――川上さんご自身のかぬれへの想いとは?

大好きです。本当に大好き。愛おしいし、切ないし、大切にしたい。 かぬれは言葉を持ってないので、人間社会のアウェーにいる存在だから。 できるだけ、私たちの中で優先順位は1番です。
息子には「ずっとずっと一緒にいようね」なんて思わないけれど、かぬれにはよく言っています。「私たち、いつまでもいつまでも」って。 息子は大きくなって 好きなところに行けばいいんです。「またね!」と言える。夫には、そうですねぇ。「新作おめでとう」とかでいいと思うんです。でもかぬれには「ずっと私たち一緒だよ」と言っていて、 本当に全然違う存在。 散歩をしていると、まったく認識のちがう私たちが、おなじ風、おなじ時間の中にいるということに感動して、涙が出てきます。私たちが一緒に風になっているみたいに感じたりもします。

――かぬれの前だからこそ見せられる一面はありますか?

どうでしょう。例えば私が母のことで泣いていたら、そういう気持ちに寄り添ってくれるのは息子だったりするんですよね。「 泣いてる姿をばあばが喜ぶ?」とか言ってきたりして。でも犬は、そういうときにもびくともしないのがちょっといいですよね。 共感してくれる存在としてありがたいんじゃないんですよね。 犬はわかってくれるとか、犬はいつも私のことを見てくれていて、私のことを慰めてくれるとかそういう感じじゃないんですよ。 完全な逸脱者として、何も求めず、ただ自然な姿がこの世であるということが、犬なんです。もちろん共感力も高いのかもしれないけど、そこがいいということじゃないんですよね。 なんか本当に、そのようにあるということがいい。自分たち以外のやり方で命を持って存在して、同じ今を生きているものがいるんだということを、言葉で理解するのではなく、犬を飼っている人はみんな感じていると思います。動物と暮らすということは、フィジカルを持って多様性、他者を知るということに近いのかもしれません。


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――先にいなくなってしまう可能性が高いということを考えて怖くるなることはありますか?

あります。犬の寿命を考えると、ものすごく短く感じて、一瞬だから毎日見つめ合っていきたいなと思います。でも、人間で言うと何歳とかよく言いますが、それがこの子たちは人間の何倍もの速さで時間を過ごしているということとはまた違うと私は思っていて。 そういう考え方もできますが、でも犬は犬の生を生きているんじゃないかな。私たちに何でもかんでも引き寄せて考えて、私たちの基準で、この子は人間で言うと何歳と考えることはべつに悪いことではないけれど、でも、そういう私たちの基準も超えた存在だということを感じます。それを忘れないでいようって日々思っています。死に関しても、自分の死を憂いたりするのは人間だけのような気もしますし。やっぱり言語がないからかな、違う軸で生きているんですよね。とても大切な存在です。

川上未映子(かわかみ みえこ)

大阪府生まれ。2007年に作家デビュー。2008年、『乳と卵』で芥川賞を受賞し注目を集める。その後も小説と詩の両分野で作品を発表し、詩集『先端で、さすわ さされるわ そらええわ』で中原中也賞、『ヘヴン』で芸術選奨文部科学大臣新人賞および紫式部文学賞を受賞。『愛の夢とか』で谷崎潤一郎賞、『あこがれ』で渡辺淳一文学賞を受賞するなど、高い評価を重ねてきた。

2019年刊行の『夏物語』は毎日出版文化賞を受賞し、英米・独・伊をはじめとする各国で刊行。『ヘヴン』の英訳版は2022年国際ブッカー賞最終候補に選出され、『すべて真夜中の恋人たち』英訳版は全米批評家協会賞最終候補となるなど、国際的にも評価を広げている。最新作『黄色い家』で読売文学賞を受賞。村上春樹との共著『みみずくは黄昏に飛びたつ』など著書多数。

 

川上未映子(かわかみ みえこ)

大阪府生まれ。2007年に作家デビュー。2008年、『乳と卵』で芥川賞を受賞し注目を集める。その後も小説と詩の両分野で作品を発表し、詩集『先端で、さすわ さされるわ そらええわ』で中原中也賞、『ヘヴン』で芸術選奨文部科学大臣新人賞および紫式部文学賞を受賞。『愛の夢とか』で谷崎潤一郎賞、『あこがれ』で渡辺淳一文学賞を受賞するなど、高い評価を重ねてきた。

2019年刊行の『夏物語』は毎日出版文化賞を受賞し、英米・独・伊をはじめとする各国で刊行。『ヘヴン』の英訳版は2022年国際ブッカー賞最終候補に選出され、『すべて真夜中の恋人たち』英訳版は全米批評家協会賞最終候補となるなど、国際的にも評価を広げている。最新作『黄色い家』で読売文学賞を受賞。村上春樹との共著『みみずくは黄昏に飛びたつ』など著書多数。