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犬とわたし番外編 犬と本 BY 三宅香帆

連載『犬とわたし』の番外編では、“犬”をテーマとした多彩なコンテンツをお届けしていきます。今回は、『犬と本』。

ゲストは、文芸評論家、京都市立芸術大学非常勤講師である三宅香帆さん。2024年刊行『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』がベストセラーとなり、数々の賞を受賞。社会やコミュニケーションという現代的なテーマと結び付け、文学作品を読み解く評論で注目を集める彼女が選んだ、犬にまつわる本4作とは?

Photo: Kyohei Hattori /Interview: Maki Kakimoto (Lita)

犬と本 メインビジュアル
#01 犬のかたちをしているもの/高瀬隼子
『犬のかたちをしているもの』(高瀬隼子)表紙

犬のかたちをしているもの/高瀬隼子(集英社文庫)

主人公・間橋薫(30歳)は、過去の卵巣手術の影響もあり、恋人と一定期間付き合うとセックスを拒否するようになる女性。現在の恋人・郁也とは、そうした事情を理解し合ったうえで、セックスレスのまま半同棲生活を続けている。
ある日そこに「ミナシロ」という女性が現れ、郁也の子どもができたけれど育てる気はないからあなたたちで育ててくれませんかと提案する。
「愛」「性」「出産」「家族」が本当に結びついているものなのかを、薫の視点から静かに掘り下げていく。

「おいしいごはんが食べられますように」という作品で芥川賞を受賞した高瀬隼子さんが描く、子どもをつくることへの逡巡をめぐる話です。その中で、「犬より子どもを可愛いと思えるのだろうか」という主人公の独白があり、その気持ちはなんとなく分かるなぁと印象的でした。私は子どもがいないのですが、実家で飼っていた犬が可愛かったんです。それだけでなく、友達が飼っている犬や、SNSに出てくる全然知らない犬ですら、本当に可愛い、と感じていて。こんなにも可愛いと感じているのに、人間に対してそれを超える気持ちなんてなるのかなぁと思ってしまいます。それに、言葉を持たない可愛い生き物の方が、言葉を持っている人間より可愛いんじゃないかな?とも思うんです。言葉を持たないことで、人間ほど知りたいという感覚も湧かないですし、だからこそ愛情を持てる気がして。思っていることとやっていることが違ったり、嘘をついたりすることもないでしょうし。もしも子どもがいたら、また違う感覚で読めそうな本だと思うのですが、今子どもがいない私にとっても共感できる部分が多かった作品です。

三宅香帆さんが本を読む様子
#02 犬のしっぽを撫でながら/小川洋子
『犬のしっぽを撫でながら』(小川洋子)表紙

犬のしっぽを撫でながら/小川洋子(集英社文庫)

大きな出来事ではなく、日々の暮らしや創作について作家・小川洋子さんが透明感ある文章で綴ったエッセイ。タイトルに出てくる犬とは、愛犬ラブのこと。愛犬と暮らす何気ない日常が描かれており、その暮らしの中で生まれる小さな発見や喜びが伝わってくる。

小川洋子さんのエッセイはどれもとても好きです。生活の実感と、現実には見えていない異世界みたいなもの、どちらも並行して描く感覚が素晴らしいです。生活を描いていると、どうしても目に見えないものを信じられなくなったり、逆に目に見えないものを描いていると、生活がわからなくなったりしがちだと思うのですが、どちらも本当にしっかり綴られているので。小川さんは犬がとても好きで、犬の散歩を日課になさっているんですよね。このエッセイを読むと、犬を飼ってらっしゃる方だからこそ持っている愛が伝わってきます。小川さんはこの本だけでなく、色々なエッセイで犬のお話を書かれているのですが、どれも犬好きな方なら共感できる部分がとても多いのではないかと思います。このエッセイには散歩に行くお話があるのですが、どうしても散歩に行かない時に抱っこしたと書かれていて、犬を飼うことはやはり大変で、大変だけど可愛いんだという気持ちが文章から滲み出ています。私の実家の犬を思い出しても、犬だからいつでも散歩に行きたいわけではなく、散歩じゃない気分の時もあったり、年齢を重ねるにつれ散歩へのテンションが変わってきてたよな、と。そういう懐かしい記憶を思い出しました。

三宅香帆さんが書棚で本を読む様子
#03 野性の呼び声/ジャック・ロンドン
『野性の呼び声』(ジャック・ロンドン)表紙

ジャック・ロンドン 著 深町眞理子 訳
『野性の呼び声』/光文社古典新訳文庫

カリフォルニアで裕福な判事一家に飼われていた大型犬バックが主人公。使用人に誘拐・売却され、極寒の北方へ送られ、犬ぞり犬に。人間の暴力と支配、チームリーダー犬スピッツとの対立などによって、内なる野生が呼び醒まされていく。その後、複数の飼い主を渡り歩き、想像を超えたラストに。

大学時代に初めて読んだのですが、とても印象深い1冊です。犬というと、家庭で共に暮らしている犬を思い浮かべがちですが、この本では野生の犬が描かれているので、緊張感を持ってドキドキしながら読んだ思い出です。小説でここまで野生を描けるなんて!と驚きました。ラストは特に文章がすごくて「彼は必ずしもいつも1人ではない」から始まる部分が、かっこいいと読むたびに痺れていました。
実家で飼っていたのはコーギーなのですが、コーギーはもともと羊飼いだったんですよね。その本能なのか、親戚みんなでお墓参りなどに行くと、絶対に先頭を歩きたがって。君にも羊飼いの本能があるんだねとみんなで驚きました。犬を飼っていると、こうして本能みたいなものを感じる瞬間があるもので、それも思い出しました。ジャック・ロンドンは犬が出てくる本が他にもあるのですが、この本が1番グッときました。ちなみにどうでもいい話ですが、ジャック・ロンドンと私は同じ誕生日なので、勝手にすごい親近感を持ちながら読んでいます(笑)。

三宅香帆さんが本を読む様子
#04 動物のお医者さん/佐々木倫子
『動物のお医者さん』(佐々木倫子)表紙

新装版 動物のお医者さん(ビッグコミックス)1〜12巻
佐々木倫子

「H大学獣医学部」を舞台に、獣医学を学ぶ学生たちと動物たちの日常を描いている名作コメディ漫画。主人公である高校3年生の西根公輝(通称・ハムテル)の愛犬はチョビ。シベリアン・ハスキーの精悍な顔つきと愛嬌あふれる少しドジな行動によって大人気となる。日本の動物漫画を代表する一作。

聖地巡礼のために北海道大学にも行ったくらい、この漫画が大好き。全て好きなのですが、やっぱりチョビの顔ですね。漫画で動物を、しかも表情まで描くのはきっととても難しいと思うのですが、この漫画を読んでいると動物たちの表情がしっかり伝わってくるんです。シベリアン・ハスキーを飼う人が増えたという社会現象も納得できるくらい、チョビが愛おしくて可愛い。

『動物のお医者さん』漫画ページ

©佐々木倫子/小学館

『動物のお医者さん』漫画ページ

©佐々木倫子/小学館

特別大きな出来事が起こるわけでもなく、動物のお医者さんを目指す学生たちの日常が描かれているのに、なぜここまで面白いんだろうと読むたび感動します。私が実家でこたつに入って本を読んでいると、飼っていたコーギーが上に乗っかってきて一緒に本を読んでいたのですが、そういった本当に普通の日常の風景を思い出します。チョビみたいに大きな犬にも憧れはありますが、でもやっぱり自分では飼えない気もしていて、きっと小型犬を飼う気がします。この漫画を最初に読んだのは高校生くらいの頃。佐々木先生は絵や話のセンスが本当にすごくて、「チャンネルはそのまま!」「おたんこナース」なども大好きです。

三宅香帆さん

三宅香帆(文芸評論家)

文芸評論家、京都市立芸術大学非常勤講師。1994年高知県生まれ。京都大学大学院人間・環境学研究科博士後期課程中退。リクルート社勤務を経て独立。大ヒットとなった著書「なぜ働いていると本が読めなくなるのか」では、多くの人が感じながら言語化できなかった問いを飾らない言葉で解き明かすスタイルが幅広い読者の支持を集める。文芸・社会批評の両分野で幅広く執筆・発言し、2025年には第76回NHK紅白歌合戦の審査員も務めた。著書に『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』(集英社新書、2024年)、『考察する若者たち』(PHP新書、2025年)等多数。新刊『「夫婦」不在社会』は講談社より発売中。